私も含め、最近の人はコミュニケーションが足りないのかもしれないね。
オンライン上でいくらコミュニケーションしてるって言っても人と向かい合って声を出して、時々顔を見たりしながら話すのとは全然違うんだって思った。
令和っていう新しい時代がくるけど、昭和生まれの私はまだ「人と話す、コミュニケーションする」ってことが多少はできているけど。
でも前みたいにおじいちゃんやおばあちゃんが電車の中で話しかけてくれることが減ったなって感じる。
最近の人は音楽聴きながらスマホ見てるから、おじいちゃんやおばあちゃんが話しかける余地がないのかもね。(話すのがデフォルトじゃないけど 笑)
学生の頃は電車で隣に座ったおばあちゃんから話しかけられて色んなこと話した記憶がある。たわいもないことなんだけど、全く知らない人と会話を交わすことでなんとなく気分がほっこりするのよね。
もちろん最近は怪しい人が増えてきたからそう簡単じゃないと思うし、怪しい人を見抜く能力が落ちてきている人も多いのかも(オンライン上ではその人の姿すら見えないからね)。
でも、もっともっとみんながフレンドリーになればきっと世の中で起こってる小さな「いざこざ」は解消されるんじゃないかと思う。
バスの中で乗客同士の間に起こったトラブルの話を聞いたけど、コミュニケーションを取れたらトラブルにならなかったかもしれない。(もちろんその人の性格もあるんだけどね)
当事者はまだしも、周りの人たちは何もできないのが普通。(だって誰しも巻き込まれたくないし、時には仲裁に入った人が悪者になったり被害を被ったりもする。)だから誰も何も言わない。
心の中では何かしらのアクションを起こしているはず(どっちかの味方をするとか、解決策を思いつくとか、うるさいなーって思ったり。)でも動かない、というより動けない。もちろん私も動けない(笑)
でも、周りの人が誰も関わってくれなくて、しかも冷たい目線を浴びせてきたら誰だってパニックになる。たとえ自分が正しいことをしていても無反応だったり変な目で見られたら誰だって辛いし恥ずかしい。当事者であっても、誰かを助ける時でも「ああ、次は二度とやるまい」って思ってしまう。
これが長いこと続いてきたので、もう誰も動こうとしないしコミュニケーションすら取れなくなってる。(コミュニケーションを積極的にとれるのはベテランのマダムたちかしら。)
ここで海外のことを持ち出すと、必ずと言っていいほど「日本と海外は違う!」って言われちゃうんだけど、言います。(笑)
海外でいいなって思うのは、目が合うと知らない人でも笑顔で「ハーイ!」って言ってくれるところ。(もちろん怪しい理由で近づいてくる人もいるので注意!でもほとんどの人がフレンドリーに挨拶してくれる。)
その後さらにちょっと小話したりすることもある。なんかこういう習慣っていいなって。
これは持論ですが、陸続きの国に住んでいると常に別の文化の人と出会うので、話しかけてその人がどんな人か見極める意味もあるのかも。自分が怪しい人じゃないよって伝える意味もあるのかもしれません。(そうなると島国で単一民族ばかりの日本では必要ないのかもしれないけど…。)
自分を発展させるためには海外だろうが日本だろうが良いところはどんどん取り入れるべきだと思っているのでこの習慣は取り入れ始めているところ。広まってくれたら良いけど、押し付けはしません(笑)
米軍基地で働いていた時は、とりあえず出会う人出会う人、道ですれ違う人ですら笑顔でハーイ!をしてました。ワンちゃんを連れてる人には「ワンちゃんかわいいね」とかって話しかけると会話が広がったりもしました。
なかなか日本だと道すがら「こんにちは!」なんて言ったら完全に不審者のレッテルを貼られちゃいますが(笑)
でも出来る限り関係する人には知らない人でも声をかけるようにしています。コンビニの店員さんとか。海外に行くとお店に入るとき必ずハーイ!してます。日本でもチャレンジしてます(笑)最近は外国人の店員さんも多いのでなんか違和感がなくなってきてる。
かく言う私ですが、実は極度の人見知りなんです(笑)でもコミュニケーションを取ることってすごく大事だなって思うので人見知りなんて言ってられません。逆に言えば知らない人だからこそ人見知りを気にせず会話できるのかも。
自分にとっても人見知り克服の良いトレーニングになっています。
いい意味で「外国かぶれ」な習慣を自分自身が使っていこうかなと思い始めています。
話がまとまってませんが、コミュニケーションすることでお互いを知ることが小さなトラブルを回避する方法なのかもしれません。
私が2020年に向けて立てた目標というかコンセプトというかミッション的な考え方は、
「無知をなくす」こと。
お互いをよく知らないから警戒して雰囲気が悪くなる。(人間関係でも国同士の関係でも)
知識が乏しいことで前に進めない人がいる(貧困地域の人々や色々な問題を抱えている人)。
自分に情報や知識がないことに気がついていない人もいる(無知の知)
これって全て知識を正しく伝えれば解決の道が見えてくるんじゃない?そう思ったわけです。
小さいことからコツコツと無知をなくすために活動していこうと考えています。
その話はまた後日。